“ちょうどいい” のバランス?
わたくし、ルーティン的に週に2or3日はスーパーに食料品の調達に行くのですが、、
「モノの多さ」に慣れてしまってる。。
毎日訪れるの消費者のために並べられた商品たち。
特に消費期限が短い肉や魚、野菜などの生鮮品を見て
「これ今日売れなかったらどうなるんだろう?」
なんてサラッと脳内をよぎるのですが、
加工されてお惣菜コーナーに並んで売れていく?
家畜やペットの飼料として再生される??
なーんてそんな前向きな想像をしてて良いのだろうか。
(いわゆる『食品ロス』が気になるのだが、いまさら感強いし心配しなくても既に対策されてるかな?という瞬間的自問自答である)
そもそも適量を販売し、閉店時には売切れる程度の供給量があればこんなことにはならない。
あ、でもそうすると「あの店は売切ればかりだから他店へ行こう」ってなっちゃう?
(解:実現するには他店も一斉に入荷量を減らすよう仕向けるしかないな笑)
あらゆる角度で考えてみると、結局はスーパー以外の何事にも共通する“供給過多”の時代になったのは、
需要と供給、それらに関連するサービスを含めたすべてが過剰になっているから、ですよね?
(他社との競争で“いかに自分たちが儲けるか”のアイデア悪循環が生じてるから?)
以前から申し上げている事にはなりますが、「過ぎる」が付く程の考えや感情、行動などは、
早期に気付いて調整しない限りどちらかに傾いたアンバランスな状態に陥ります。
生活の中でのあらゆる便利が便利“過”ぎて生じた問題は、
便利の呪縛のまま放置され痛い目に合わないとなかなかバランスをとる行動には出れません。
要するに便利を知った人間は(便利になる以前の)不便には戻れない、とも。
これらはヒト社会全体の課題にも見えますが、実は・・・
個人の問題だと捉えたほうがシンプルに改善できるかも知れませんね。
(つづく)