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(まとめ)魂⇔意識⇔心 について

※あくまでも個人考察であり証明できる内容ではないので、ご興味がない方や不愉快に感じる方はスルーお願いします
※ご相談の対応にはご要望が無い限りここで書いたような事柄は用いませんのでご安心ください

これまで続けて「魂⇔意識⇔心」について私なりの考察を踏まえての投稿をさせて頂きました。

もっと深堀することも可能ですし、これまでの説明では出せてない内容もありますが、、

この調子で進めても尚更伝わりづらくなるかと思いましたので、今回は軽くまとめさせていただくだけに留めたいと思います。


さて、前回までに「前世」や「魂」など、通常は見えないモノを題材にし、

私目線での考察を以下のような簡易的な解説図を交えて書いてきました。

(絵が下手なので余計に混乱させちゃったかも知れませんが笑)

大まかに言えば、我々人間の“五感”で受け取る情報の他にも少し次元が異なる情報が存在し、

その情報を「意識」「」「」などを介して受け取る感覚は個人によって異なるもので、言い換えれば性格や思考などの“個性”が人により異なる、ということになります。

また、その感覚の強弱や濃淡によって形成された個性は、この世に誰一人として同じものは存在せず(類似・近似はあるはず)、目の前にある物質に対する反応も100%同じという人は居ないと考えます。

例えば「考えが同じだから長く続いている友達」で居ると思っていても、ほんの一部の相反する感覚を認識したときはお互いに違和感が生じるはずです。

もちろんそれは当然ですし、お互いの近い感覚を大切に共有しながら付き合いを続けていくのが人間関係としては幸せではないかと思います。(それにはもちろん“許容”が必要となります)

科学的根拠が無い事柄は認めない人とそうでない人との意見が合わないのも当然ですし、白黒ハッキリさせたい人とグラデーションも認める人も同様です。

その“他者との違い”で生じる、(人間関係の)衝突や不安などを「どう乗り切るか」が我々人類に課せられた今生の義務、ではないかと考えます。

ただもし、すべての人間がうまく乗り切ってこれるのなら、、

いじめや自殺、戦争や殺人などは起こらないはずですね。

(番外編)

解説図にもすごく簡単に書きましたが、「意識」「」「」という存在。もちろん生きている人間には五感で感じ取ることは困難ですが、例えばもしこの世を全うし一生を終えた人間は、身体と繋がりがある「心」は停止してしまいますが、「魂」や「意識」は存在し続けると考えます。

※いわゆる“お化け”が見えるとおっしゃる方はその第三者の意識や魂が生成したその方の性格や容姿を投影したものを視る機能に長けているのだと思います